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蓮弁 茶さじ(水目) 販売終了
商品コード:89127-03

商品仕様: 長さ約6×幅約3×高さ約2cm 蜜蝋仕上 日本製
商品説明: 京都府の南の端っこに位置する南山城村。その村の北部、江戸の末期までは原野だったと言われる標高400〜500メートルの高原に、童仙房(どうせんぼう)という小さな集落があります。
明治初年に、士族の授産を目的とした京都府による開拓事業が始まって、一時は京都府支庁も置かれるほどに栄えましたが、やがて支庁が移転した後は山村となり、現在は過疎化が進んでいます。
その童仙房にある廃園になった保育園跡が、富井貴志さんの工房です。童仙房へ登るには、急勾配の坂道が続く村道が唯一の交通路です。冬の雪の量はさほどでもないとのことですが、寒いのでいつまでも路上が凍結しています。ご自宅は車で15分ほどの距離にありますが、帰宅後に雪が降り出すと、明日は仕事場までたどり着けるのだろうかとたいへん心配になります。実際に翌日の朝ドライブは困難を極め、何度かはあきらめて途中敗退したことも。ようやく工房へ着いて仕事を始めるとまた雪が‥。今度は家に帰ることができるのかと落ち着きません。
しかし、独立を決めて工房を探し始めて、すぐに見つかったこの場所は、一度の見学で即決するほどの一目惚れでした。
それまで勤めていたオークヴィレッジ(※注1)という木工家具の会社をやめて、わずか10日後には、この地での新しい暮らしが始まっていたそうです。
富井さんは新潟県の生まれで、小さな頃から山で遊び、ものを作るのが大好きでした。高専三年生の時にアメリカに留学し、そこがオレゴン州のすごい田舎で林業が主産業の町だったことから、だんだん木そのものに興味が湧いてきたそうです。やがて、拾ってきた木切れでバターナイフを作りながら、「これをいくらで売ったら暮らしていけるだろう?」と漠然と考えるようにまでなっていました。日本に帰ってきて、筑波の大学に編入し、一人暮らしを始めてからは、台所道具に興味を持って、休みごとに笠間や益子(※注2)に通っては、奨学金やバイト代の大半ををうつわにつぎ込みました。
いま、富井さんの田舎暮らしは、仕事が中心です。忙しければ18時間くらい作り続けることもあります。けしてスローライフとは言えません。それでも、したいと思い続けてきた仕事を現実にやれているし、時間を自分の自由に使えるのだから、ストレスを感じることは、ほぼないとのことです。好きなものに囲まれて、好きな人と会えて、木工をやっていてほんとうに良かった、幸せだと思うのだそうです。

そんな富井さんにお願いした蓮弁型の茶さじ、なんて美しいかたちに仕上がったのでしょう!
木工と言うより彫刻ですね。まさに、幸せのひとひらだと思います。

(※注1)1974年創設。「お椀から建物まで」というモットーで出発。最近では、携帯ストラップから大型建造物までを手がける。「100年かかって育った木は100年使えるものに」という合言葉で、持続可能な循環型社会を「木」という再生可能資源で実現しようと提案し続けている。
(※注2)茨城県、栃木県にある焼き物の産地。
小売価格: ¥4,290
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写真は89127-01蓮弁 茶さじ(山桜)です。

富井 貴志
1976年 新潟県生まれ。
1994年 アメリカの林業が盛んな村に留学し、木という素材を強く意識し始める。
帰国後、稲本正氏の著書に触れ、木工で暮らして行きたいと決意。
まずは山から木を拾ってきてバターナイフなどを削った。
2002年 筑波大学大学院数理物質科学研究科中退。
岐阜県高山市の森林たくみ塾にて木工を学ぶ。
2004年 オークヴィレッジ入社。
短い職人期間の後、生産管理業務などで様々な職人の仕事を見る。
2008年 退社し、滋賀県甲賀市信楽町へ移住。
京都府相楽郡南山城村に工房開設。
2009年 初個展。
国展工芸部に出品しはじめる。

http://konotami.zashiki.com/